2025年 11月 30日
白の消滅 |
走馬楼呉簡でも,〈五胡〉時代のトゥルファン文書(高昌郡文書)でも,同一官府内部での上行文書である「白」文書が多数を占めていることは明らかである.呉簡では臨湘県(当時は臨湘侯国),〈五胡〉文書では高昌郡というように,県廷と郡府の違いを超えて「白」文書はそれこそルーティンで作成され,案件の処理に使用された.しかし麴氏高昌国時代の文書(高昌国文書)には,このような文書は見出せない.確かに王府だから,「白」文書は通用しないだろう.だから国王に対する上奏文書が取って代わることになる.しかしこの上奏文書が作成・使用される局面は限定されていたと考えたことがある.上奏文書に限らず,文書が作成・使用される局面は限定的で,それが北周からの使者の目には奇妙に映じたということだろう.やはり中国王朝は文書の世界・文字の世界だったのである.
by s_sekio
| 2025-11-30 16:39
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