2025年 03月 14日
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1999年にサンクトで実見した文書だが,「水亥歳」という麴氏高昌国時代特有の紀年表記.これはトゥルファン文書に違いないと思って,2001年に学内プロジェクトの報告書に小文を起こした.ウルムチの呉震先生に報告書をお送りしたら,写真を求められた.早速『俄蔵敦煌文献』の当該頁をコピーしてお送りしたところ,内容を分析された先生の論稿が『吐魯番学研究』2001年第2期に発表された.その後,この文書は王素氏も注目され,その論稿が『吐魯番学研究』2009年第2期に発表されたが,さらにそれを補う論稿が『西域研究』2024年第1期に掲載された.文書自体は紀年表記から判断して麴氏高昌国時代の筆写だが,内容は北涼政権の年代記といったところか.「先王崩,子茂虔」という文字列があり,茂虔は沮渠牧犍のことなので.というわけで,拙著でも言及しないわけにはいかなくなった.自分自身が学界に紹介した文書だが,回り回って取り上げざるをえなくなったというわけだが,自分が2001年に発表した文章から初めて,呉震先生・王素氏という敬愛する先学と同学の成果にふれた上で自説を組み立てるという手順になるだろう.案外と厄介な仕事に頭が痛くなる.
by s_sekio
| 2025-03-14 20:23
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