2023年 01月 19日
柴田聡子「姜維の北伐と蜀漢後期の政権構造」 |
再読か三読か忘れたが,読み直す.
「はじめに」に,
姜維は「隴以西」の獲得を直接的な目的としていた.
という文があり,そこに註があって,その註(四)には,
姜維の北伐の最終的な目的が国是である「漢室復興」であったことは言うまでも無い.
とある.これによれば,直接的な目的は「「隴以西」の獲得」で,最終的な目的は「漢室復興」だったということになる.しかし直接的な目的と最終的な目的がどのように連動するのか,わからない.「涼州を経由した北伐」あるいは「涼州を拠点とした北伐」により,長安・関中を奪取し,漢室を復興させると言うのだろうか.でもこれは絵空事だろう.
「おわりに」には,
姜維は,二五六年,段谷で敗戦するまで,雍州において魏に対して優勢に立っていた.
という一文もある.しかし表Ⅲ(図だが)「姜維の北伐関連地図」に「雍州において蜀漢が優勢にあった地域」として示されているのは,隴西郡の西部(おおよそ洮水以西)に限定されている.この範囲が是だったとしても,「雍州において魏に対して優勢に立っていた」と言うのは,誇大だろう.
by s_sekio
| 2023-01-19 20:29
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